8. オスマン帝国の君主
バヤジット2世
ソフ/ヴェリ(敬虔なる者)
- 在位
- 1481 – 1512
- 生年
- 1448
- 没年
- 1512
征服の後、秩序が整えられた時代。治世は息子セリムへの譲位で終わった。
バヤジット2世は1448年12月3日、ディメトカで生まれた。父はメフメト征服王、母はミュクリメ・ハトゥンというテュルクの娘である。背が高く胸は広く、体は頑健で、顔は丸く目は榛色であった。勇敢で果敢であった。
同時にきわめて穏やかで、信心深く、寛容な君主であった。父メフメト征服王が学問に関心を寄せていたため、子である王子バヤジットによい教育を与え、当代でもっとも名高い学者たちに学ばせ、イスラーム諸学を余さず修めさせた。
バヤジット2世は七歳のとき、ハディム・アリ・パシャの監督のもとアマスヤ総督に任じられた。アマスヤはセルジューク期以来、学問と文化の重要な中心であり、君主となるべき王子の教育に必要なあらゆる条件が整っていた。
信心深い人物であったため、彼はバヤジット・イ・ヴェリー(聖者バヤジット)と呼ばれた。詩人たちを宮廷に集めて語らった。慈悲深い君主であり、しばしば貧者に施しを配った。
アラビア語とペルシア語をきわめてよく解した。チャガタイ方言とウイグル文字も学んだ。イスラーム諸学のほか、数学と哲学も修めた。1512年4月24日に位を退かざるをえなくなったバヤジット2世は、なお一か月ほど生き、1512年5月26日に没した。
- 男子:マフムト、アフメト、シェヒンシャー、ヤウズ・スルタン・セリム、メフメト、コルクト、アブドゥッラー、アリムシャー
- 女子:アイニシャー、ゲヴヘル、ミュリュク・スルタン、ハティジェ・スルタン、セルチュク、ヒュマー・ハトゥン
出典:Osmanlı Tarihi Interaktif CD-ROM (Türk Tarih Kurumu Yayınları XXXI. Dizi-Sa.2)