14. オスマン帝国の君主
アフメト1世
- 在位
- 1603 – 1617
- 生年
- 1590
- 没年
- 1617
イスタンブールのスルタンアフメト・モスクは彼が建てた複合施設の一部。兄弟殺しの慣行はここで終わった。
アフメト1世は1590年4月18日、マニサで生まれた。父はメフメト3世、母はハンダン・スルタンである。よい教育を受け、アラビア語とペルシア語を完璧に修めた。弓射、剣、乗馬といった戦と軍務の技に長けたアフメト1世は、狩りとジェリット競技をこよなく好んだ。装いはきわめて簡素であった。父メフメト3世の死により、エユプ・スルタンで剣を帯び、1603年12月21日に即位した。
アフメト1世は、スレイマン大帝以後の君主のうち、国政に深く関わった最初の人であった。まだ子どもと言える年齢でも見事な決断を下した。つねに学識と見識ある人々とともにあり、その助言を求めた。
十四という数は彼の生涯で重要な位置を占める。十四歳で君主となり、十四年在位し、オスマン歴代君主の十四人目であった。信心深い君主であり、預言者への傾倒はきわめて深く、預言者の足跡を描いた図の中に詩を記し、その詩を没するまでターバンに携えた。詩はこうである。
「N'ola tâcim gibi başımda götürsem dâim
Kadem-i resmini ol Hazreti Şâh-i Resûlün
Gül-i gülzâri nübüvvet, o kadem sahibidir
Ahmeda durma yüzün sür kademine ol gülün」
アフメト1世は罹患した腸チフスから回復できず、1617年11月21日から22日にかけての夜、二十八歳で没した。
- 男子:オスマン2世、ムラト4世、スルタン・イブラヒム、バヤジット、スレイマン、カスム、メフメト、ハサン、セリム、ハンザーデ、ウベイデ
- 女子:ゲヴヘルハン・スルタン、アイシェ・スルタン、ファトマ・スルタン、アティケ・スルタン
出典:Osmanlı Tarihi Interaktif CD-ROM (Türk Tarih Kurumu Yayınları XXXI. Dizi-Sa.2)