22. オスマン帝国の君主
ムスタファ2世
- 在位
- 1695 – 1703
- 生年
- 1664
- 没年
- 1703
その治世にカルロヴィッツ条約が結ばれ、オスマンは初めて広大な領土を失った。
ムスタファ2世は1664年2月6日、イスタンブールに生まれた。父はメフメト4世、母はクレタ出身のエメトゥッラー・ラビア・ギュルヌシュ・スルタンである。堅固な学問の教育を受けた。即位三日目に、これから行うことを述べた勅書を発した。そこにはこう記されている——「快楽と安逸と安楽を、われらは自らに禁じた」。
「私に富も宝も要らぬ。ときには乾いたパンを食べよう。この身は信仰のために費やす。あらゆる苦難に耐えよう。わが民への務めが果たされぬかぎり、遠征から戻らぬ。むろん、遠征には自ら赴く。」
- 男子:マフムト1世、オスマン3世、キュチュク・アフメト、ヒュセイン、セリム、メフメト、ムラト、オスマン
- 女子:ウンミュギュルスュム、アイシェ、エメトゥッラー、エミネ、ルキイェ、サフィエ、ザヒデ、アティケ、ファトマ、ゼイネプ
出典:Osmanlı Tarihi Interaktif CD-ROM (Türk Tarih Kurumu Yayınları XXXI. Dizi-Sa.2)